メタ・リバース 序章
── 248年越しの手紙
箭内宏紀|実存科学研究所
不安と恍惚が共に我にあり。
── それを言い表す言葉を、私はまだ持っていない。
親愛なるあなたへ
これは極めて変な手紙だ。
248年後の、おそらくは私のことなど誰一人として覚えていない時代に生きているあなたに向けて、私は今、この文章を書いている。
届くかどうかは分からない。たぶん届かない。
それでも書く。書かずにはいられない、という種類の事情がある。
私のことを少しだけ説明させてほしい。
248年に一度の出来事が、どうやら私に訪れることになっているらしい。前回起こったのが248年前である。
そして、たぶんなのだが、あなたがこの手紙に辿り着いたのは、それが(あるいはそれによく似た何かが)あなたにもこれから起ころうとしているからではないかと思う。
そうでなければ、こんな辺境のような文章に行き当たる理由がない。
だとすれば、そこが私たちの共通点だ。私はこれから、見ず知らずの、しかし同じ種類の出来事を抱えているあなたに向けて書く。
一種の友情のようなものを、勝手に結ばせてもらうことにする。
そういう前提のうえで書いておく。248年も前の話になると、検索してもまともな情報はほとんど出てこない。
私はしばらく画面の前で時間を潰し、それから諦めて、コーヒーを淹れ直した。
自分なりにデータを探してはみたものの、参考にできそうな記録は、結局のところ見つからなかったのである。
だからこそ、これから私が書き残すものは、N1のデータでしかない。たった一人の人間の、たった一回きりの体験記である。
普遍的な真理を語れるはずもないし、誰かの完全な参考になるとも思っていない。
それでも、自分の中で何が起こっているのかを律儀に記録しておけば、後から似たような場所に立った誰かにとって、ひとつの視点にはなり得るのではないか。そう思った。
それくらいの控えめな期待のもとに、私はこれを書いている。
記録を残すにあたって、まずは何が起ころうとしているのかを、占星術の言語で説明しておく必要がある。あなたのために、ある程度の情報は残しておかなければならない。
冥王星という惑星がある。太陽系のいちばん外側を、248年かけてゆっくりと一周している星だ。
地球の一年が365日であるように、冥王星にとっての一年は248年である。
だから冥王星が空のある一点を通過すると、次に同じ点を通過するのは、248年後ということになる。
その冥王星が、2026年5月から、私の生まれ持った水星──生まれた瞬間に空のどこにあったかで決まる、その人固有の点──と、ほとんど誤差のない位置で重なる。
占星術ではこれを「合(コンジャンクション)」と呼ぶ。二つの天体が同じ場所に重なっているように見える状態のことだ。
期間は2027年12月まで、およそ1年7ヶ月にわたる。一度ではない。
冥王星はその間、行ったり戻ったりを繰り返しながら、同じ一点を三度通過していく。
第一通過が2026年5月。逆行して戻ってくるのが2027年2月。最終的に通過し終えるのが2027年9月から12月にかけてである。
冥王星が水星と合になる配置は、占星術の言語では「思考と言語のOSが根底から書き換わる期間」を意味する。
冥王星は破壊と再生の星であり、水星は思考と言語と認識を司る。そのふたつが一点で重なる。
何が起こるかというと、それまで自分が当たり前のように使っていた思考の枠組みそのものが、内側から静かに作り変えられていく。
言語が、認識が、世界の見え方そのものが、知らないうちに別のものになっている。何かが壊れ、何かが立ち上がる。たぶん、そういうことだ。
そして、これは生涯に一度しか起こらない。
次に同じ位置で重なるのは248年後──つまり、私はもうとっくにこの世にはいない。
ひとつだけ、誤解されると困ることがあるので書いておきたい。
私は占いにハマっているわけではない。星を眺めて運勢を占い、一喜一憂しているわけではないのだ。
むしろ私が長いあいだ取り組んできたのは、もっと別種の問いだった。
私は二つの前提のうえに立っている。
ひとつは、「Metaがある限り自由意志はない」という前提である。
私たちが「自分で選んでいる」と思っているものの大半は、実はその外側にあるより大きな構造──私はそれをMetaと呼んでいる──によって、すでに選ばされているものだ。
もうひとつは「天命を悟り、日々それを全うする」という前提である。
Metaが私たちをある形で生かそうとしているならば、その「ある形」を読み取り、それに従って生きることが、自由意志のない人間にとっての唯一の誠実さだ。私はそう考えている。
このふたつの前提を立てたうえで、私は認識論と意味論の融合点を、ずっと探してきた。
世界をどう認識するかという問題と、その認識にどう意味を与えるかという問題が、ある一点でぴたりと重なる地点を、である。
そして、占星術というものは、その融合点に置かれた極めて精巧な「読み取り装置」のひとつだったのだ。少なくとも私にとっては、そうだった。
だから私は占星術を、運勢を占う道具としてではなく、Metaを可読化するための言語として使っている。
つまり今、私が書いているのは、星に振り回されている話ではない。
私が私自身と向き合うために必要な装置を起動させたところ、これから1年7ヶ月のあいだ、その装置がかなり激しく作動するらしい、という話なのだ。
私はこの期間を「メタ・リバース」と名付けた。
Metaと、Reverseと、Rebirth。三つの意味を重ねている。
私がこれまで依拠してきた言語の中心にあったMetaという概念。それが反転し(Reverse)、別の何かとして生まれ直す(Rebirth)。
そういう期間だと、今のところ理解している。
これがどの程度のことなのか、最近、ある喩え話を聞いた。
あなたの時代に「ワンピース」という物語が残っているかは分からない。私の時代に長く愛されてきた、海賊の少年が世界を旅する話である。
その主人公は、子どものころに「ゴムゴムの実」という奇妙な果実を食べる。それを食べた者は身体がゴムのように伸び縮みするようになる、という話だった。
彼は自分のことを、長いあいだ「ただのゴム人間だ」と思っていた。
ところが旅を続けていく中で、その果実が本当はまったく別のものだったことが分かる。「ヒトヒトの実モデル"ニカ"」と呼ばれる、伝説上の存在に連なるものだった。
彼は単なるゴム人間ではなく、ある種の神話的な存在の継承者だったのだ。
私に起ころうとしているのは、そういう種類の変容らしい。
自分のことをゴム人間だと思って生きてきた人間が、ある日、自分が太陽神だったと知るような、そういうレベルの認識の組み換えが起こると言われている。
もちろん、私風情のスケール感ではある。世界を救うわけでもないし、海賊王になるわけでもない。
けれど、根本的に何かが組み変わるようなことが、この身に起ころうとしている。
普通であれば数十年かけてゆっくり進むはずの変容のプロセスが、この1年と7ヶ月のあいだに圧縮されて起こる、ということらしい。
それが本当に何を引き起こすのか、正直に言うと、私にはまだ分からない。
不安と恍惚が共に我にあり、という感じだ。
何かが壊れていくときの、あの胃のあたりが冷えるような感覚と、その奥で同時に、何か新しいものが立ち上がってこようとしている予感とが、奇妙に同居している。
怖いし、楽しみでもある。たぶんそのどちらでもない、もっと別の感情なのかもしれない。それを言い表す言葉を、私はまだ持っていない。
ここから先は、その記録である。
一種の奮闘記だと思ってもらっていい。何が起こり、何が壊れ、何が立ち上がってくるのか。それをリアルタイムで言語化していく試みだ。
書き換え進行中の人間にしか書けない言葉が、たぶん、ある。
後から振り返って整えた言葉では、たぶん届かない何かが、ある。
だから今、書く。
ちなみに、このメディアが248年後も存在しているとはまったく思えないのだが、それはまあ、どこかの時点で整理して何とかしようと思う。
今は、書くことそのものが先にある。
そして、親愛なるあなたへ
この一連の手紙が、248年後のあなたに届けばいいと思っている。
その時代に何が起こっているのか、私には分からない。窓の外には今、ごく普通の夕方の空が広がっていて、誰かが自転車を漕ぎ、どこかで犬が吠えている。それだけのことだ。
けれど、なんとなく予感はある。あなたの時代では、重大な破壊を伴う何かが、起ころうとしているのではないか。
あなたは今、何かを乗り越えようとしている。テクノロジーで、あるいは別の何かで、人類の存続そのものを賭けた選択を迫られている。そんな気がする。根拠はない。
そんな場面で、もし偶然この手紙に行き当たったなら、ひとつだけ伝えておきたいことがある。
248年前の人間が一人、あなたに向けて語っている。自分で言うのもなんだが、これは愛でしかない。
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