Founder
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人生をかけて積み上げたすべてが、
音を立てて崩れた。
何も生み出せなくなったこの男のそばに、
それでも残った人達がいた。
そこに残ったものだけが、
今、あなたの前にある。
第一幕
金を稼ぐのは得意だった。
大学で心理学を学び、2015年に株式会社Nimbus Creationを創業。オンライン講座で受講者1,300人、累計売上5億円超。ビジネスとしては、完璧に成功していた。
だが人間としては最低だった。
二度の離婚。親との絶縁。愛する人を傷つけてばかりいた。自分が人に教えている内容を、自分自身にも適用しているはずなのに、人生の空虚さだけは消えなかった。
成功したのに不幸になった。こんなバカな話があるか。
頭の中は、過去への後悔と将来への不安でいっぱいだった。もう元には戻れない。でもできることなら、人生をやり直したい。
自分でもバカだと思う。でも、もうどうでもよかった。自暴自棄になっていたのだ。
心理学、哲学、神経科学、儒教、密教、インド哲学、西洋形而上学──百年の学問から数千年の叡智まで、人類が「生きる意味」に向けて蓄積してきた知の体系を、二十年以上かけて領域を問わず横断した。
ある者は彼を「狂人」と呼んだ。
とりわけ瞑想の世界には、行ってはならない禁足地が存在する。自暴自棄になった彼は、超えてはならない一線を超えることにした。
すぐに恐ろしいことが起こった。
もっと見たい、もっと知りたい──好奇心が止まらなかった。見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるようになった。
けれども、どんどん自分が壊れていった。
体が言うことを聞かなくなった。思ってもいないことを口にしてしまう。周りとのトラブルが増えた。まるで自分じゃない何かが、自分を支配しているみたいだった。
でもやめるわけがない。こっちは人間を超えたくてやっているのだ。
そして──一線を超えた。
頭の中で爆発が起こったみたいに、すべての機能が停止した。
気を失った。
目が覚めると、言語障害および右半身麻痺。
第二幕
しばらくの間、寝たきりになった。
積み上げた理論は、何ひとつ声を出さなかった。二十年かけて横断した叡智も、獲得した知識も、壊れた人間の前では完全に沈黙した。
声を出していたのは、傍にいた人間だけだった。
家族が、友達が、仕事仲間が、毎日そこにいた。答えを持たず、理論も持たず、ただそこにいた。
「ただいる」。
その行為だけが、壊れた人間をこちら側に引き戻した。
回復まで丸1年。
その1年で、私は一つのことを知った。
真理を「知る」ことと、真理を「生きる」ことの間には、絶望的な断崖がある。
知の体系を横断し、人間が到達し得る認識の果てまで行った。そこで見たものは確かに存在していた。だが、それを「知った」だけでは、壊れた。
断崖を越えさせたのは、理論ではなかった。傍にいた人間の手だった。
真理は、知識の中にはなかった。
生きている人間の、温かな手の中にあった。
回復の過程で、あるものが降りてきた。
ある日突然、「Metaがある限り自由意志はない」という構造が見えた。ある日突然、天命の言語化セッション™が降りてきた。ある日突然、「生きる意味を語れる社会を作る」という理念が降りてきた。ある日突然、愛の定義が降りてきた。
学んで到達したのではない。壊れた後に、降りてきた。
そして、一つの誓いが立った。
二度と、あの一線は越えない。
人間にとって本当に重要な探求は、「何ができるか」ではない。「何をするべきではないか」を知ることだ。義なき力は、自分を壊す。家族を壊す。すべてを壊す。──それを、この身体で知った。
宗教でも思想哲学でもスピリチュアルでもなかった。再現性のある論理だった。だから実存科学と名付けた。
2025年12月、実存科学研究所を設立。
第三幕
対話の場で私が行うことは、あの経験の再現である。
Point of no return(もう引き返せない地点)──その手前に、問いを置く。越えるのは、あなただ。
答えは語らない。自分の崩壊から、答えが人の認識を狭めることを学んだ。
真理を「知っている」だけの人間は、答えを語る。真理を「生きている」人間は、問いを手渡す。
なぜなら、真理は誰かから受け取るものではないからだ。あなたの中にすでにある。本来つながるはずだった意味と意味が結ばれた瞬間、あなた自身の声で、あなたの天命が語り始める。
私がやるのは、深く考えるに値する質問を渡すことだけだ。あなただけの問いを。
この瞬間に触れた人が、こう語った。
「生まれてきてよかった」
「やっと自分の人生が始まった」
箭内宏紀という人間に会う理由は、彼の理論が正しいからではない。
この人が、あの場所を通ってきたからである。
真理を知った人間は多い。
真理を生きている人間は、少ない。
彼自身の言葉で、あの経験を。
私が真理を悟った時の話
「天命を悟り、日々全うすること」の本質