コンセプトは人に選んでもらうための最大の変数である
- ビジネスがうまくいかない最大の原因はコンセプトが間違っていること。
- 戦略の要諦は選択と集中である
- 組織戦においては、1つの目的に直結する戦略のリソース配分の焦点(優先順位)は、多くても3つ以内に絞りきること
- 戦略の焦点として、大事なその3つの重なりの中に、その局面において、究極に重要な焦点が、たった1つだけ見える。
- それは戦略の上位概念である目的とほぼ重なる。
- つまりたった1つだけ見えるのとは、3つまでの優先順位が、1つの目的を実現するための戦略(リソース配分の焦点)として、結果的に絞り込んだ3つに、ほぼ例外なく合致している部分である。
- 目的1つ→戦略3つ
- 上からも見ても、下から見ても、整合性が合う(辻褄が合う)
- 家を建てるときに、重要な3本の柱の位置をよく見れば、建てたい家の頂点がどこにあるかは推測できる。
- すべての努力が集中すべき上位階層の1点に集中されている戦い方を見つけられると、極めて高い勝率になる
- ある目的に対して、戦略が必然性を持つ時、その戦略に対しても、その目的が必然性を持つ
- 重心:複数の条件を同時に満たす1点であり、その戦局においてはリソースを集中すべきたった1つの焦点であり、上位目的実現に直結する。
- 重心は、複数の必要条件を同時に満たす「解」を探すことで見つかる
- 目的を達成するために、重要な必要条件として、3つ程度の要素(4つでも5つでも良い)を厳選してあげて、それらの条件をクロスで重複して満たすものを必死で考える
- 例えば、ある目的の実現に対して、必要条件A、必要条件B、必要条件Cがあったとする。AかつBかつCを満たす要素が重心である可能性が高い。
- 30から40もあったやるべき喫緊の課題の中から、3つ程度を抽出して必要条件とし、それらを様々な組み合わせの3つを解決するためには、根本的に何の条件が最重要なのかをまるで謎謎を解くように考えた
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これら3つを同時に解決するために必要なものなーんだ?
- 答えを聞けば当たり前であるが、ほとんどの人は実行できない。
- なぜならば、リソースを重心に極端に集中することができないから、重心が分かったとしても、自分の共同体にその重心への集中を説得して実行させることができないマーケターがほとんどである。
- 本来なら重心がわかれば、一切の他の領域からリソースをできるだけかき集めて、全力で取り組むのみです。しかし、ほとんどの人は怖くて1点掛けができない。
- 戦略とは立てるよりも実行するほうがずっと難しい。重心を発見してから最重要になるのは、もはや戦略思考よりも人を動かすリーダーシップである。
- 難しい戦局ほど、強大な戦略思考と、強大なリーダーシップの両方が不可欠である。
- 人を動かすリーダーシップ領域に研鑽を積む理由はそこにある
ブランド戦略の重心を定めるフレームワーク
- どのような局面においても、全集中すべき点がある
- ブランド戦略とは、消費者の脳内に、どのような競争優位なブランドエクイティを構築するのかという意図的な選択である
- 別の言い方をすると、どの市場で、誰に、何を、どうやって訴求していくのかという一連の選択の束を決定することである。
- 消費者の脳内に、どんなブランドを構築したいのかという強い意志がブランド戦略である
- そのブランド戦略の中心とは何か?
- ブランド戦略の中心とはブランドが生き残る確率を高める構造的に有利なブランドポジショニングのことだ。
- ブランドポジショニングとはWHO・WHAT・HOWの組み合わせで決まる。そして消費者に他のブランドと相対的に比較されることで認識される。そのブランドの意味や価値のことだ。
- 競合との相対で決まるブランドポジショニングこそが、プレファレンスを決める構造だ。
- ポジショニングは相対的である。
- 消費者の脳内でそのブランドが認識される時、そのブランドについて、様々なブランドエクイティ(イメージ)が実感、あるいは想起される。その時に同じカテゴリー内における他の代替可能なブランドと比較され、そのブランドの意味付けが決まる。
- ブランドポジショニングは、あくまでも外との比較によって相対的に決まる。
- ポジショニングは、人々の頭の中で相対的に決まる。
- 自分が動かなくても、ライバルたちが動くことで不利の場所に動くことがある。
- 逆に自分が意図的に動くことで、ライバルを不利の場所に追いやることもできる。
- 自社ブランドの選ばれる確率がより高くなる有利なポジショニングを見定めて、そこに自社ブランドを近づけ、そこから競合たちをできるだけ遠ざける。これをポジショニングゲームという。
- マーケターたちは、消費者の脳内、認識世界において、有利なポジショニングをめぐる陣取り合戦にしのぎを削っている
消費者価値にポジショニングをする
- 大前提は、ブランド戦略を考える上で最重要なものは何か?
- それは消費者理解である
- WHOの設定はもちろん、WHOを喜ばす価値そのものであるWHATの設定も、深い消費者理解なしには成立しないからだ
- そしてその深さは、相対的により深くある必要がある。
- つまり、あなたの競合よりもずっと深く消費者を理解していないと競争には勝てない
- 消費者理解の深さの競争である。
- あなたが勝てないのであれば、つまりマーケターの本業であなたが競合マーケターに勝てないのであれば、あなたのブランドは競合に勝てる道理は無い。
- だから本物の消費者理解に本気になるべきだ。
- 本物の消費者理解とは、本人の自覚なしに消費者を支配している本能と、消費者の購買行動(カテゴリー・ブランドの選択)の因果関係を明瞭に解き明かす事だ
- そのカテゴリーにおいて、消費者が答えるような表層的な理由ではなく、消費者の本能が何を求めて、その意思決定をしているのか、その選択をしているのか。
- カテゴリーが満たしている本能からの欲求が何なのか。
- ここに明確な仮説を立てることが重要である。
- その上で、カテゴリにいくつか存在するつくべき本能のオプションの中から、自社ブランドにとって、最も高確率でプレファレンスを上げることができる価値を定義する
- その価値を、自社ブランドの記号性として明確に所有できるように、自社ブランドとその価値との結合的なつながりを強めるように。
- あらゆる消費者との接点をコントロールしていく。ブランディングとは、カテゴリーにおける消費者の選択の軸となる価値を、自社ブランドが他社よりも第一想起される確率を高めることだ
- ブランディングの結果として、消費者の脳内に作られていく、複数の価値観の組み合わせで定まっていく、競合に対する自社ブランドの相対的な意味付けこそが、ブランドポジショニングである
- 我々マーケターの中に深い消費者理解があれば、誰に、何の価値を提供すれば、いかほどの売り上げが作れるのかのおよその見通しが立てられるようになる。
- 詳細精緻な需要予測がなくても、WHOとWHATのどの組み合わせがより強いプレファレンスを作れるのか、仮説が立つようになる。
- 量的調査で答え合わせをする前に、その仮説が立つくらいまで消費者を理解しているべきだ
- この後のフレームワークを使いこなす前提としては、消費者が何を求めているのかがちゃんとわかっていることである
ブランドポジショニングの中心を定めるフレームワーク
- 重心は目的を達成するために非常に重要な必要条件を3つ程度厳選して、それらの条件をクロスで重複して満たす1点を探すことで見つかる。
- 強いカスタマーバリューと、強いカンパニーエッジと、強いコンペティティブディフェンスを同時に満たす、その3つの重なる部分を掘り起こすことで、構造的に強いブランド戦略の中心が見つかる。
「カスタマーバリュー(Customer Value)」=「消費者価値」
- これは消費者の根源的な本能に刺さるほど強い根源的欲求であり、深い消費者理解に根ざしたWHOとWHATの組み合わせから見つけられる。3つの要素の中で、これが最も重要である。
「カンパニーエッジ(Company Edge)」=「自社の強み」
- これは自社の特徴を武器に変えるということ。目的のために自社の持つ様々な特徴を、いかに最大限プラスとなるように活用できるか。
「コンペティティブディフェンス(Competitive Defense)」=「競合防御」
- これは仮想敵である。競合ブランドが反撃や追随をしにくい理由のことである。ブランドポジショニングが成功するために、必要な時間や戦略の持続性を担保するために必要である。
- 最初からその3つが重なるところに何かあるはずだとあたりをつけながら探していく。
- 重心を射抜く勝ち筋は、そもそもゼロから作り上げるものではなくて、実は最初から存在している。
- 「絶体絶命だ」と思うような状況でも、どこかに必ず勝ち筋はあるのに、まだ見えていないだけだという認識を持つべきだ
- この3つのスコップを持って、それらの重なりに照準の中心を意識してみる。
- そうすると、中心が見える。そうやって見えた重心の仮説をもとに、競合に対して、その価値を自分が所有できるようなブランドポジショニングがあり得るのか、それを実現するためのコンセプトや、一切のHOW要素を一貫させながら、辻褄の合う戦略オプションを推敲していく。
- 「カンパニーエッジ=自社の強み」と「コンペティティブディフェンス=競合防御」の要素が同じになる場合がある。それぞれがちゃんと自社の特徴を生かして、競合が追随することを難しくさせるならば、問題は無い。
- 1要素がそれぞれ複数ある場合もあるが、そのブランド戦略が相乗効果を発揮するならば、それは良いことだ。しかし、消費者に伝えて、脳内に構築していく価値はシンプルでなければならない。
- HOWの段階で、例えばコミュニケーションに落とすときに、複数の価値を伝えようとすると、全てが伝わらなくなったり、短時間でコロコロと訴求の焦点を変えると、消費者の脳内に何も蓄積されなくなったりする。
- 当店のラーメンは濃厚だ、激安だ、ヘルシーだ、というように訴求点は、コロコロ変えてはいけない。ブランドのポジショニングとして、中長期的に集中すべき「カスタマーバリュー=消費者価値」は実質的には1つだ。
- それがすなわちブランドポジショニングとしてのたった1つの重心だ。
- たった1つの重心となるポジショニングを見つけさえすれば、既存ユーザーも、新規ユーザーも関係なく、市場全体から獲得できるプレファレンスが最大化できる事は真理である。
消費者理解を深めながら定めた本能に刺さる「カスタマーバリュー=消費者価値」は「レジャーにおける失敗しない選択肢であること」と、消費者の深層心理において認識されることだった(USJ)
それは「人がなぜテーマパークに行くのか」という根源的な答えにもなっている。
人は、本能に操られてテーマパークに来ている。人間は、本能に支配された動物だ。
テーマパークの年代別来場確率と、テストステロンの年代別分泌量の形が美しく重なる
- ハイキングや釣りではなく、本能に促された消費者が外出したくなるときに、テーマパークを選択する重要な価値観とは何か。これを見極めることが大切だった。
- 他のレジャーの選択肢に比べて楽に失敗なく楽しめるという価値であった。
- とにかくがっかりしたくない。大きな時間と労力をかけて、家族や恋人や親しい友達を連れて、期待はずれの失敗に終わることを最も恐れている。
- 失敗したくないなら、自分で計画をしてみんなを楽しませれば良いが、誰も本音では忙しくて、そんな面倒はしたくない。そもそも人を楽しませることに自信がある人もほとんどいない。
- そこに行きさえすれば、お金払いさえすれば面倒なことを回避できて、後から楽しませてくれる。
- きっと自分もみんなも楽しめるに違いない。それがテーマパークの正体である。失敗しないと思える安心感を鉄板感と表現する。
- こういう消費者理解は質的調査をやって消費者に聞いても出てこない。
- マーケターが消費者の行動を観察し発言のもっと奥底の本能の揺らぎを洞察し仮説を立て本能と行動の因果関係とその行動を読み解きそして検証せねばならない
- 脳内構造やホルモンの作用のような生理的構造のレベルまで、因果関係の分析を行って、仮説の確かさを次々と深めていく。そういうレベルで消費者を理解すれば、ブランドとしてどの価値軸を奪いに行くべきなのか、明確な指針も見えてくる。
東京ディズニーリゾートとUSJの鉄板感は大差があった。だからカスタマーバリューは鉄板感を激上げすることに定めた。
- 「カンパニーエッジ=自社の強み」は、世界レベルのハイクオリティーなエンターテイメントを作り出すノウハウとした。マーケティングのせいでそれらが活かせていなかったので、伸びしろが大きいと判断した。
- 「コンペティティブディフェンス=競合防御」は仮想敵を誰にするかによって大きく戦略が変わるので、ここはとても大切である。
- 東京ディズニーランドと比較されることが多いが、それは違っていた。500キロも離れていて30,000円の交通費の壁で隔てられていたからだ。
- では、関西地域において圧倒的なガリバーになることを明確に優先した。そうすると関西ローカルでの競合がなかなか真似できない要素が、何であるかもおのずと明確になってきた
- したがって、圧倒的なスケールと、クオリティーを持つことを選んだ。関西エリアには他にないからだ。競合がいないからだ。
- ディズニーと比較すると自らを卑下する発想しか生まれてこない。しかし、関西地域の週末レジャーの選択としては、USJ以上のスケールとクオリティーを持ったテーマパークは存在しない。
- それは圧倒的な差なのだから、もっとその差を生かした方が良い。
- その3つのスコープを重ねると、USJの持つ圧倒的なスケールとクオリティーを活用して、消費者の本能が求めている。USJに行けば、自分たちのレジャーは失敗しない。
- 鉄板感を近隣の競合たちに対して強固にする大戦略が見えてきた。
- 集客を引き上げするための3つの重なりにある重心は、鉄板感の第一想起率を上げることだった。
- その重心を射抜くためのHOWとして消費者とのすべての接点において、鉄板感を刷り込んで積み上げるために新しいブランドキャンペーンを開発した。
- あらゆるコミュニケーションが「世界最高をお届けしたい」と、「wow」という子供のボイスエフェクトで終わる世界最高キャンペーンを展開した。
- そんなことを言って、ほんとに大丈夫かと社内や経営陣からも心配の声が強かった。当時はいちど破綻した経営難の三流テーマパークとしか思われていなかったからだ。
- しかし、私に言わせてみれば、だからこそやらなければならないのだ。そんなふうに思われ続けていることこそ、鉄板感が脆弱なことだからだ。そこを変える事は、まさに集客の重心なのだ。
- 「世界最高です」というと反感を買うが、「世界最高をお届けしたい」と消費者に対する真摯な奉仕目線になるようにコピーを考え抜いた。
- 鼻持ちならんと思われてはいけない。かわいいやつだと思われるようにする必要がある。
- 1マーケターであれば、こうやって記号である言葉を操って、相手にとっての理とその奥底にある本能を吐くようにします。
- 平たく言えば、誰が得する話にするかを、腹黒く考えること。そうすれば言いたいことを相手が聞きたいように伝えることができる。
- 本質的にプレファレンスを決定づけるのは、WHOの大きさだけではなく、WHATとの組み合わせによるMの大きさです。
- WHOに対して、本質的に何の価値を売っているのかという便益設定=WHATによって生まれる、消費者の脳内ポジショニングによってプレファレンスが左右されている。
- つまりWHOが狭すぎない事は非常に大切だが、むしろ広く強いWHATがプレファレンスを決定づける。
- いくらWHOを拡げても本能を外した魅力がない。WHATではプレファレンスは上がらない。
- WHAT=価値≒便益が強くないと、どんなにWHOを拡げようとしても、魅力がないので、トライアルは取れずにペネトレーション(浸透率)を上げる事はできません。
- ディズニーランドは幸福を、USJは興奮を売っている。しかし、両方とも失敗しない安心感を売っている。ディズニーランドは鉄板感と幸福、USJは鉄板感と興奮を売っているというのが専門的な理解になる。
- 個別のプロダクトとしては、映画やアニメやゲームなどの様々なコンテンツを様々なアトラクションやイベントを通して、興奮や泣き笑いまで様々な感動を売りました。しかし、ブランドとして強めていた重心はレジャーとしてUSJを選択すれば楽で失敗しないと思わせるポジショニングだった。
第4章:コンセプトとは何か?
- その人の世界は、その人の認識のみで成立している
織田信長は初めて地球儀を見たときに、彼の目指す天下だった。日本列島が、あまりに小さかったことや、その外に広大な世界があることを知って、大いに驚いた。
彼に地球儀を見せた欧州人も同じようなものだ。かつては、大きな亀の上に天地が載っていると信じられていた。
地球が丸いことも、大西洋の向こうに大陸があることも、人々の頭の中には全く存在しなかった。
- 私たちの世界は、私たちの認識で作られている。
- 認識できない事は、物理的な有無に関係なく存在していないのと同じだ。
- 実際にどうなのかではなく、実際にどうだと人が認識したのか。それがその人の世界である。そのことを認識世界という。その人の頭の世界のことだ。
- 多くの宗教が死後の世界を説いているが、そもそも生きている人たちは誰も見たことがないはずだ。
- どうして死後の世界について断言できるのか。わかるはずのないことをわかっているかのように話す、いかにも怪しい人たちを信じられるのはなぜなのか。
- 死後の世界はあり得ず、宗教やオカルトは全くナンセンスなのかというと、実はそうとも思わない。その人が信じているならば、その人の認識世界においては、神様や死後の世界は確かに存在しているからだ。
- そしてその認識は、その人の行動に少なからず影響を与えて、現実の世界にも作用する。つまり、その人の世界は、その人の認識のみで成立している。
- つまり、一人一人は別々の認識世界に住んでいる。その世界はその人の認識次第で作られて、そして変わる。
- そのことをちゃんと理解しておく事は、マーケティングの巧拙をはるかに超えて、人間をよりよく理解するための大切なスタートラインだと私は捉えている。
認識世界はそれとは別にある、2つの世界が影響を与えることで作られている。つまり1人の人間には認識世界に加えて、あと2つ、合計で3つの世界が併存している。
その3つは、現実世界、認識世界、そして記号世界である。
まず、人間が認識できないことも含めて実在している現実世界。
- 現実世界は人の認識とは無関係に存在する。現実世界だけは全ての人にとって共通だ。信長が知る前の広大な大陸や大洋も。あなたが知っている正しい地理情報も、あなたの知らない今朝の私の体重も、全て現実世界に属している情報だ。
- 今こうしている間にも、人類がまだ知らない現実世界は圧倒的な情報量を持ち、その瞬間にまた新たな情報が生まれ、無限に拡大し、その大きさは我々には想像できないほどだろう。
- われわれは、現実世界のほんの砂粒1つも、まだ知らないのが実情だ。
次にその人の脳内世界である認識世界。
- 認識世界は認識することのみで成立する。その人の固有の世界だ。正しいか間違っているかにかかわらず、膨大な現実世界の理解として正しいと認識したことで主に構成されている。
- 人は、自身の五感を通して、様々な情報を得ることで、現実世界を知覚し、脳内に認識世界を構築する。しかし、ここに大問題がある。
- 膨大な現実世界を少しでも知りたいと願う人間の好奇心に比べて、1人の人間の時間と能力があまりにも不足していること。1人で知ることには物理的に限界があるということ。
- 例えば私はマーケティング領域における現実世界を少しでも知るために人生を使ってきましたが、エンジニアリング領域については全くの素人だ。
- そこで私は、自分以外の人間が知りえた、現実世界に関する情報(つまり他人の認識世界)を知ることで、自分の認識世界を少しでも現実世界に近づけようとしてきた。
そこで3つの世界の最後の1つが必要になる。
3つ目は他の人に伝えるために生み出される記号世界。
- 記号世界は認識=伝えたいことの内容を言語や映像などに変換した、文字通り記号の世界だ。
- 例えばこの本も記号世界の1つ。私自身が直接現実世界に触れて出てきたコンセプトについての認識を文字に変換したものだ。
- 本人の書いた文字、人が話す言葉、絵画、音楽動画、誰かが自分の認識世界を変換して作り出した著作等の創作物も全て記号世界の住人だ。
- 記号世界は他人の認識世界を吸収して取りためたデータだけでなく、自分自身が現実世界に触れたときの知覚を整理するための決定的な道具としても使われる。
- 現実世界をより良くするために、あらゆる記号世界のツールを使いこなせることが、他の動物と一線を画す人類ならではの知性である。人類の強さとは、新たに生まれた人が、どうやって火を起こすかを自分で発明しなくて良いことに尽きる。
3つの世界を往来するところにエラー
- 人の認識世界が作られるには主に二通りのルートがある。1つはその人が直接的に現実世界に触れて何かを感じることで認識が作られる実体験ルート。
- 実体験ルートはその人の認識世界に占める情報範囲が狭いが、百聞は一見にしかずというとおり、このルートで作られた認識は極めて強固である。
- そしてもう一つは、他人が生み出した記号世界に触れることで認識が作られる伝聞ルート。様々な記号世界の産物による情報の渦の中で生きている現代人は、伝聞ルートの方が実体験ルートよりも、自身の認識世界に占める割合としては、圧倒的に多くなる。
- 実体験をした事はほとんどないのに、多くのことをさも知ったようになっているのが、現代人の実相である
構造の認識として大切なことがある。現実世界、認識世界、記号世界。これらの3つの世界を往来するときに、エラーが起こる可能性が極めて大きいことだ。
- 現実世界と、誰かがその現実世界に触れて作る認識世界には、少なくないズレが生じる。
- 勘違いや事実誤認によって現実世界の解釈が大きくずれる事はざらにある。
- 同じ景色を見ても人の感じ方が違うように、人それぞれ認識にバイアスがかかる。
- 人間が物事を認識するときに完全に回避する事は難しい解釈のエラーだ。解釈のエラーは自分の認識世界に何かをインプットするときに発生する。
- さらにある人によって作られた認識世界が記号世界に変換される時にも、今度は翻訳のエラーが生じる。言いたいことをなかなか言葉で言い表せない。笑いにしても、音楽でも、なかなか表現できない。
- 表現したとしても、オリジナルの認識世界のほんの1部しか伝えることができない。表現というのは極めてもどかしいものだ。
- 伝えたいのに伝えられないという表現のもどかしさだけでも断崖絶壁なのに、もう一つ厄介な絶壁もある。
- それは、主観によるバイアス(偏見/先入観)である
- 正直にあるがままを伝えようとしても、実際の認識世界の翻訳には、その記号世界の作者の主観による意図や歪み、あるいは思いや願いがどうしても入り込む。
- 意図的な嘘や誇張をできるだけ排除しようとしてもそうなる。ほとんどの人は、意識的にも、無意識的にも自分に都合の良い伝わり方を狙ってしまう。
- これも集団の中で自己保存せずにはいられない人間の本能だ。主観バイアスを完全に排除して、記号世界を作り上げるのは不可能ではないか、と私は考える。
- なぜこのようなエラーが起こるのか。2つ見解がある。1つは感覚機能エラーだ。五感を通じて入力された情報とその解釈の間に隔たりがある。
- もう一つは人間の本能が解釈や認識にバイアスをかけているということだ。
- 現実を認識する時、ど真ん中の正しい理解よりも、自己保存の本能にとって、思いっきり楽観的に解釈したいか、思いっきり悲観的に解釈したいか、そのどちらかに振れやすい特徴が、人間本来に備わっているとしか思えない。
- いずれにせよ、自己保存の構造が、感覚器のエラーよりも、実は大きな要因なのではないかと考えている。
- 人は、高度な知性ゆえに、自己保存の本能に基づいて現実をゆがめて認識する習性のある動物だ。
- 人間の脳がエラーを起こす構造を熟知することで、避けられない解釈のエラー/翻訳のエラーを予見し、消費者のブランドに対する認識を悪い方ではなく、むしろ良い方向に誘導することができるようになるのではないか。
- それこそが、私のマーケティング・コンセプトのフレームワーク。人間の脳内構造を活用することを意識して体系化した方法論である。
- ビジネスにおける最大の変数は、ブランドに対するプレファレンスであり、プレファレンスは人間の脳内において認識が作られる構造に従って決まるからである。
- 生きるか死ぬかのビジネス競争においては、小なるものでも大なるものと戦って生きていくために、その構造を見抜いて活用する以外にない。
- そのシンプルな本質は、本能である。
- 人は自分の本能のキャッチャーミットに飛んできた球は避けることができず、どうしても取らざるを得ない。しかも取ったときの衝撃を実相以上に感じてしまう習性がある。
- 人間の生存確率を高めるために、備わったプログラムが本能だからだ。だから自分にとって信じ難い事は実相以上に信じてしまうし、脅威は実相以上に恐れてしまう。
- マーケティングコンセプトは本能にぶっ刺す。
- マーケティングコンセプトは、消費者の本能に語りかけるように、特定の本能を狙って、強い球を投げ込むように作る。
- 商品の機能便益に対して明らかな消費者ニーズなど、表層的な価値を狙って投げ込むだけでは甚だしく不十分だ。
- マーケティングコンセプトはむしろそれら消費者ニーズのもっとずっと遠く深い奥底にある本能の1点を見つめて投げ込めば商品は結果的に当たる。
- 正射必中、正しくやれば当たる。当てるのではなく当たる。
コンセプトはあなたの脳が作り出す
- 本書では、今後、一般的に用いられているコンセプトと、マーケティングの世界で用いられているマーケティングコンセプトを区別して表記する。
- コンセプトとは、その人の認識世界においてあることに対して、その人がどのように認識したのか。その対象について脳内で認識された意味のことを示す。
- ここで言うコンセプトは、物事の意味のように訳されることが多い。何かを認識したときに、あなたの脳が、要するにこういうことだとまるっと作り出した意味付けのことだ。
- ここで大切な理解がある。脳は激務で疲れているビジネスパーソンのようなものだ。重要でない物事に対しては脳はコンセプトを作らない。
- 大まかにシンプルに仕事をしたいと思っている。そのため、それが自分にとってどのくらい重要かを最初に判断しようとする。
- 最初に重要ではないと判断されれば、脳は仕事をしない。つまり対象についての意味を要約していく脳の作業(コンセプトが形成されること)は期待できない。
- その対象は認識すらされずに、脳から無視されてシャットアウトされることになる。
- 自分にとって重要かどうか。脳が働いてコンセプトを作るためには、それが大切な第一関門なのである。
- 人間の脳はそれなりに重要な何かを認識するたびに、その対象についての意味付け、すなわちコンセプトを生み出す。
- 1人の人間が生まれてから死ぬまでの間に、無数の対象について重要かどうかの判断と、自分にとっての意味付けの要約を繰り返し行って、様々なコンセプトが脳内に膨大に蓄積されていく。
- その人が認識するに至ったすべてのコンセプト(=自分にとっての意味付け)の集積体がその人の認識世界である。
- そんな一人ひとりの世界が80億人分も並行して同時代を生きているのが、この世界の実相である。
- あなたの認識世界も私の認識世界も、すべて認識した意味、すなわちコンセプトの塊である。
- この世界はコンセプトでできている。