EXISTENTIAL SCIENCE RESEARCH INSTITUTE
メタ・リバース #02
コラム

血と音について

箭内宏紀|実存科学研究所


私が選んだのではなく、血が浮かんできた。

親愛なるあなたへ

ある朝のことだった。たぶん、特別な朝ではなかったはずだ。コーヒーを淹れて、いつものように一日が始まろうとしていた。

ただ、その日の私の中には、前日までは存在しなかった二つのものが、静かに浮かんでいた。

一つは、音楽を作ろう、という考えだった。もう一つは、武士道と仏教を、本気で身につけたい、という考えだった。

どちらも、前日までの私の中には、これほどの重量を持って存在してはいなかった。それが朝になってみると、当然そこにあるべきもののように、私の中に座っていた。

不思議なものだ。

私は長らく、ある学問を作ってきた。実存科学という名前を、自分でつけた。約二十年かけて、論理と言語によってその体系を組み上げてきた。

そしてそれは、たぶん完成した。

完成してみて、わかったことがある。

論理と言語というものは、思ったほど人に届かないらしい、ということだ。

正確に言えば、届く人には届くが、届かない人にはまったく届かない。

それは私の力量の問題ではなく、論理と言語というメディアそのものの限界なのだと、ようやく腑に落ちた。

だから、別の言語が要る。

そう思ったときに、音楽が浮かんできた。

私は楽器を弾けるわけでもないし、作曲の訓練を受けたわけでもない。

それでも、音響というメディアでなら、論理が届かない場所に何かを届けられるかもしれない、という直観があった。

これはたぶん、新しい言語を一から習得しようとしているのに近い。

母語のように使えるようになるには、何年もかかるのだろう。それでもやる、と決めた。

なぜこの二つなのだろう、と私はしばらく考えていた。

なぜ一つではなく二つなのか。なぜ他の何かではなく、この二つなのか。

考えてみると、答えは私の血の中にあった

箭内という家系は、清和源氏の流れを汲む武士の家系らしい。そして実家は曹洞宗である。

つまり私の中には、もともと侍の気質と、禅の呼吸が、息づいていた。

私が選んだのではなく、最初からそこにあったのだ。

ただ、私はそれを長らく使ってこなかった。

学問を作ることに集中していたし、家系や血のことは、どこか古臭いものとして扱っていた節がある。

それが今になって、当然そこにあるべきものとして、立ち上がってきた。

これは原点に戻るということなのだろうか。たぶん、そうなのだと思う。ただ、懐古ではない。

248年に一度の通過を前にして、私の中の何かが、最も古いものを掴み直そうとしているのだと思う。

新しいものが入ってくるためには、それを受ける器が要る。そして最も信頼できる器は、自分の血脈が、何百年もかけて検証してきたものだ。

武士道は、所作の型である。
立ち方、歩き方、人との対し方。外側の構造を整える。

仏教は、心の型である。
観察の仕方、執着の手放し方、無常の受け取り方。内側の構造を整える。

この二つは、歴史の中ですでに合流している。鎌倉以降、武士はしばしば禅を学んだ。

私が今やろうとしていることは、発明ではなく、合流である。

誰かが何百年もかけて検証してきた経路の上に、自分を置こうとしている。だから、たぶん安全なのだ。

ここまで書いてきて、ようやく気がついたことがある。

外側に新しい言語(音楽)を獲得しに行くことと、内側で原点(武士道と仏教)に戻ることは、たぶん同じ一つの運動の表裏なのだ。

新しいものを受け取るために、最も古いものを掴み直す。

最も古いもので器を作って、その中に最も新しいものを注ぐ。

別々に起きた二つの出来事だと思っていたものが、後から見ると一本の線で繋がっていた、ということがある。私の中で今、それが起きているらしい。

メタ・リバースの通過というものは、どうやら、思っていたより強力なものらしい。

これだけの器を要求してくるということは、これから降りてくるものの規模が、それに見合うのだろう。器と中身は釣り合うはずだ。

小さい器に大きいものは入らないし、大きい器が用意されるのは、大きいものが来るからだ。

私が選んだのではなく、血が浮かんできた。呼吸が立ち上がってきた。

それは私の意志ではなく、Metaの計らいとしか呼びようのない何かによって、起きている。

私はそれに乗ろうと思う。乗ることしかできないし、乗ることがたぶん最も自然だ。

その先で、どんな音が生まれるのか。私にはまだわからない。ただ、生まれるのだろうとは思っている。

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