血と音について
箭内宏紀|実存科学研究所
私が選んだのではなく、血が浮かんできた。
親愛なるあなたへ
ある朝のことだった。たぶん、特別な朝ではなかったはずだ。コーヒーを淹れて、いつものように一日が始まろうとしていた。
ただ、その日の私の中には、前日までは存在しなかった二つのものが、静かに浮かんでいた。
一つは、音楽を作ろう、という考えだった。もう一つは、武士道と仏教を、本気で身につけたい、という考えだった。
どちらも、前日までの私の中には、これほどの重量を持って存在してはいなかった。それが朝になってみると、当然そこにあるべきもののように、私の中に座っていた。
不思議なものだ。
私は長らく、ある学問を作ってきた。実存科学という名前を、自分でつけた。約二十年かけて、論理と言語によってその体系を組み上げてきた。
そしてそれは、たぶん完成した。
完成してみて、わかったことがある。
論理と言語というものは、思ったほど人に届かないらしい、ということだ。
正確に言えば、届く人には届くが、届かない人にはまったく届かない。
それは私の力量の問題ではなく、論理と言語というメディアそのものの限界なのだと、ようやく腑に落ちた。
だから、別の言語が要る。
そう思ったときに、音楽が浮かんできた。
私は楽器を弾けるわけでもないし、作曲の訓練を受けたわけでもない。
それでも、音響というメディアでなら、論理が届かない場所に何かを届けられるかもしれない、という直観があった。
これはたぶん、新しい言語を一から習得しようとしているのに近い。
母語のように使えるようになるには、何年もかかるのだろう。それでもやる、と決めた。
なぜこの二つなのだろう、と私はしばらく考えていた。
なぜ一つではなく二つなのか。なぜ他の何かではなく、この二つなのか。
考えてみると、答えは私の血の中にあった。
箭内という家系は、清和源氏の流れを汲む武士の家系らしい。そして実家は曹洞宗である。
つまり私の中には、もともと侍の気質と、禅の呼吸が、息づいていた。
私が選んだのではなく、最初からそこにあったのだ。
ただ、私はそれを長らく使ってこなかった。
学問を作ることに集中していたし、家系や血のことは、どこか古臭いものとして扱っていた節がある。
それが今になって、当然そこにあるべきものとして、立ち上がってきた。
これは原点に戻るということなのだろうか。たぶん、そうなのだと思う。ただ、懐古ではない。
248年に一度の通過を前にして、私の中の何かが、最も古いものを掴み直そうとしているのだと思う。
新しいものが入ってくるためには、それを受ける器が要る。そして最も信頼できる器は、自分の血脈が、何百年もかけて検証してきたものだ。
武士道は、所作の型である。
立ち方、歩き方、人との対し方。外側の構造を整える。
仏教は、心の型である。
観察の仕方、執着の手放し方、無常の受け取り方。内側の構造を整える。
この二つは、歴史の中ですでに合流している。鎌倉以降、武士はしばしば禅を学んだ。
私が今やろうとしていることは、発明ではなく、合流である。
誰かが何百年もかけて検証してきた経路の上に、自分を置こうとしている。だから、たぶん安全なのだ。
ここまで書いてきて、ようやく気がついたことがある。
外側に新しい言語(音楽)を獲得しに行くことと、内側で原点(武士道と仏教)に戻ることは、たぶん同じ一つの運動の表裏なのだ。
新しいものを受け取るために、最も古いものを掴み直す。
最も古いもので器を作って、その中に最も新しいものを注ぐ。
別々に起きた二つの出来事だと思っていたものが、後から見ると一本の線で繋がっていた、ということがある。私の中で今、それが起きているらしい。
メタ・リバースの通過というものは、どうやら、思っていたより強力なものらしい。
これだけの器を要求してくるということは、これから降りてくるものの規模が、それに見合うのだろう。器と中身は釣り合うはずだ。
小さい器に大きいものは入らないし、大きい器が用意されるのは、大きいものが来るからだ。
私が選んだのではなく、血が浮かんできた。呼吸が立ち上がってきた。
それは私の意志ではなく、Metaの計らいとしか呼びようのない何かによって、起きている。
私はそれに乗ろうと思う。乗ることしかできないし、乗ることがたぶん最も自然だ。
その先で、どんな音が生まれるのか。私にはまだわからない。ただ、生まれるのだろうとは思っている。
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